keieijitsumu2012

『農業協同組合経営実務』2012年8月号

農村地域のネットワーク

遠藤 隆也

(佐久穂町在住 HI総合デザイナー)


1. はじめに:

 それは、とっても小さなことから始まったような気がします。JA佐久浅間の青木さんに、Nツアーの「ベトナム旅行」に参加させて頂きました。そのときに、井出さん、小林さんと知り合いになり、その後の高見澤さん、原田さんをはじめ、多くの方々から、南佐久地域の農業の知恵について教えて頂くきっかけになりました。また、佐久穂町の健康管理活動で長い歴史のある「福祉と健康のつどい」の場で、佐久総合病院の松島先生、前島先生とお話させて頂く機会がありました。そして、北八ヶ岳の白駒池周辺を楽しんでいる中で、青苔荘の山浦さんに、日本でも貴重な「苔の森」について教えて頂きました。

 この地は、佐久総合病院の若月先生の「農民とともに」の活動でも知られた、地域の方々の絆、ネットワーク活動、すなわちソーシャルキャピタル(社会関係資本)の豊かな地だったのです。

このような地で、豊かな恵みを頂きながら生かされているものとして、少しでも何かお役に立てることはないか、と思案していたときに、息子から「おやじ、Googleが小さな企業や個人事業主向けに、安く(わずか10ドル/年で)アプリケーションやコンピューターリソース(資源)を提供してくれるようになるよ」という話をしてくれました。直に、Googleに申し込み、資源(実は、これが今でいうクラウド・コンピューティング環境)をM-SAKUネットワークス【参考(1)】として借り受け、全てボランティアで、上述の方々の諸活動の、まずは記録を残し、皆で共有することから始めることにしました。

 

2. HI総合デザイナーとは:

 ところで、HI総合デザイナーとは、聞きなれない言葉かもしれませんが、21世紀の地域のソーシャルキャピタルを豊かにしていくためには、このような仕事がキーになるのではないかと思って、私が個人的に名づけて活動しているものです(現在の職業分類にはありませんが、米国等では、eフリーランサーかもしれません)。その活動は、人々の現場の活動(Human activity)に参加しながら、それに関与する情報の生態(Information ecology)を観察・調査し、人々の活動が新たな社会的・拡張的発達サイクルに深化していくための活動の環境場を、一緒に総合的にデザインしていく活動をいいます。【参考(1)



3.「佐久穂げんでる農業」の試み:

この地における具体的な農業活動とそれに関連した情報を学ぶために、複数の農家の方々(稲作、花、果樹など)、関係する方々の様々な活動に参加・観察させて頂きました。その学びから得られた、この地の農業活動とその情報生態の地域歴史・文化的な構造を示すイメージ図を図1に示します。農家の方々は、この地の地域歴史・文化口承活動、近所の先輩農家の体験活動、JA指導員活動、専門部会活動、都会の出版活動、県の試験所等の周知活動、無線放送、メディア活動などから生み出される暗黙知と形式知からなる環境に囲まれ、本人自身の歴史的過去の体験活動、インターネット情報収集活動からなる暗黙知と形式知を利活用しながら、実際の本人のその場での農業活動では、農作業現場に埋め込まれた社会分散認知環境の中で、年間計画やビジョン・目標などを頭に描きながら、現場でのインタラクション・作業を行っている様子が観察されました。


1 農業活動の情報生態:地域歴史・文化的な構造

上述の農業活動の情報生態を、クラウド・コンピューティング環境を利活用した「佐久穂げんでる農業」のシステムとして構築してみることにしました【参考(2)】。

その試みのひとつとして、ベトナム旅行で知り合った小林さんのトルコギキョウの栽培管理(苗床作り、播種、育苗、床作り、定植、生育初期、生育中期、生育後期、出荷)の現場を、実際の作業に従事しながら、1年間にわたりハイビジョン映像で記録しました。それを、Google AppsYouTubeなどを利用してハイビジョン映像ライブラリーにしたものを図2に示します。

「佐久穂町トルコギキョウの栽培記録」の映像目次


 この段階では、情報の「見える化」と「共同利用」のレベルにとどまっています。人々の活動が、コミュニティ活動としても、新たな社会的・拡張的発達サイクルに深化していくためには、「コミュニティの支援」や「協調して学習を支援していく」機能が必要になってきます。

そこで、これらの映像を意味的にまとまりのあるシーンに分割し、映像シーン単位に掲示板を設置し、質問をしたりコメントを書き込むことができる、映像シーン連動掲示板システム(SceneKnowledge)【参考(3)】を利用して、「コミュニティ支援」や「協調学習支援」をおこなえるようにしました。

このシステムを含めて、農業活動の情報生態 【図1】に対応するために、クラウド・コンピューティング環境を総合的に利活用した「佐久穂げんでる農業」(元気の出る農業)システムを構築し実験をしています【図3】。【詳細は文献(4)(5)


3 クラウド環境を利活用した「佐久穂げんでる農業」のシステム構成と運用図

 

4. メディカル佐久情報ネット:

 この地は、「農業と健康・地域医療」の活動について50年におよぶ長い歴史をもった地です。しかしながら、医療をとりまく状況は日増しに厳しくなってきています。佐久総合病院の方々からは「何とか現状の医療崩壊を皆で食い止め、安心して暮せる地域であり続けられるように皆様のご協力をお願い致します」と訴えかけられました。そこで、私たち住民・患者の立場から、「みんなで明日の地域医療を創る」ために、何か少しでもお役に立てることはないかなー、と考えて、この地での最近の佐久総合病院に関連した諸活動を、まずはネット上で記録しサポートする場として「メディカル佐久情報ネット」を立ち上げました【参考(6)】。この活動が、「高齢になっても農作業でいきいき暮らせる健康づくり」をめざした、農林水産省の「農村高齢者の健康支援推進事業」にも協力参加させて頂くきっかけとなりました。(図4に「健康な地域づくり」に関連した本を示します)。


4  50年の歴史をもつ「健康な地域づくり」の本


5. 「北八ヶ岳苔の会」のネットワーク

 白駒池周辺のすばらしい自然は、2008年に日本蘚苔類学会により、“日本の貴重なコケの森”『八ヶ岳白駒池周辺の原生林』として認定されました。山小屋の青苔荘の山浦さんから、「この素晴らしい苔の森の自然を守り、この良さを皆さんに伝えていきたい」とのお話がありました。そこで、白駒池周辺の4軒の山小屋と森林組合のおじさん達で、「苔の会」をつくり、お互いにネットワークを組んで共同活動していくことになりました。(なお、この4軒は、それまでにも、白駒池周辺の登山道整備やゴミ拾いの活動を実施していた良き仲間であり、良きライバルでもありますが、1軒の力では、どうにもならないと結成されたものです。)加えて、この貴重な苔の森を見いだして頂いた国立科学博物館の樋口先生(当時の日本蘚苔類学会会長)を顧問にお願いし、学問的な方々からの苔の観察指導・学問とのネットワークを組んで活動していくことになりました。

これが、最近、新聞・テレビなどで話題になっている北八ヶ岳の「苔の森開き」や「苔の観察会」のはじまりとなりました。【参考(7)

 

6. むすび

 このような地域での活動・体験をつづけているうちに、並行して、農林水産省の研究プロジェクト「農匠ナビ」の中の「匠の技継承・人材育成手法の開発」を担当させて頂くことにつながってきました。そこでは、ぶった農産の佛田利弘さんとご一緒に、滋賀県のフクハラファームの福原昭一さん、福岡県の環境稲作研究会の藤瀬新策さん、富山県のサカタニ農産の奥村一則さん、愛知県の鍋八農産の八木輝治さん、などを訪問し、インタビュー、現地調査し、農業の匠が持つ(経営レベルまで含めた)暗黙知の「見える化」および形式知化を図る調査研究活動を続けています。【文献(8)(9)(10)

 農村地域は、「自然」と「農業」と「健康」からなる豊かな地です。南佐久で始めた小さなネットワーク活動が、協同組合の基本にもどった、「活動」と「内面」の再構築に少しでもお役にたてれば幸いです。

 この地での小さな活動を支えて頂いている、地元をはじめ多くの関係者の方々に深く感謝いたします。


【参考文献】

(1) M-SAKUネットワークス http://www.msakunet.org

(2) 遠藤隆也:「ICTを利活用した『佐久穂げんでる農業』の試み」、農業情報学会2011年大会、

http://www.nogyoinfo.net/jsai2011

(3) 東正造、寺中晶郁、嶌田聡、小島明(2008):「映像中のナレッジ発見・共有を想定したシステムの開発」、電子情報通信学会、信学技法 ME2008-156, 2008-09-26

(4) 佐久穂げんでる農業

http://www.sakuho.org/genderunogyo

(5) 遠藤隆也・小林守正・小島明・嶌田聡・

古海淳・桜井孝典:「佐久穂げんでる農業:クラウド環境を活用した農業コミュニティ協調学習支援活動」、農業情報学会2012年大会、http://www.nogyoinfo.net/jsai2012

(6) メディカル佐久情報ネットhttp://www.msakunet.info

(7) 北八ヶ岳苔の会http://www.kitayatsu.net

(8) 佛田利弘・遠藤隆也:「匠の技の構造と動態モデル化の検討」、農業情報学会2011年大会、  

http://www.nogyoinfo.net/jsai2011

(9) 佛田利弘・遠藤隆也:「匠コメント付き映像活用による暗黙知継承支援技法」、農業情報学会2012年大会、 

http://www.nogyoinfo.net/jsai2012

(10) 農業情報ネットhttp://www.nogyoinfo.net